公開講演会「ミレニアム開発目標と国際保健」-UNFPA東京事務所
国連人口基金(UNFPA)は、「人口と開発」をテーマとして活動する国連機関です。世界約150カ国を活動地域としていますが、基本的には人口問題が大きな課題となっている開発途上国で、戦略的な支援活動を展開しています。
そしてUNFPA東京事務所は、世界の人口問題やそれに取り組むUNFPAの活動に対する日本国民の関心を深め、理解してもらうことを目的として、2002年9月1日に国連大学本部内に開設されました。
所長を務める池上清子さんは、日本全国を飛び回りながら、人口問題、特にリプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)や女性のエンパワーメント、HIV/エイズ予防の重要性を日本の人々に訴え、さらに政治家や関係省庁への働きかけなどを行っています。そして、国連大学本部ビル7階にあるUNFPA東京事務所では、専任職員とボランティア・スタッフ合わせて約15名がその活動を熱心に支えています。
国連大学協力会では、2007年12月、UNU人材育成コース同窓会の設立にあたり、池上所長をお招きして公開講演会を開催しましたが、その時の講演内容を要約し、下記に収録しました。
女性の権利を尊重するために
日本時間の昨日夜中に、北アフリカのアルジェリアで国連の施設が爆破され、今のところ11人の国連職員が亡くなっているとのことです。申し訳ありませんが、最初に皆様にもご協力いただいて、亡くなった方々のご冥福を祈り、黙とうを捧げたいと思います。
(会場内黙とう)
ありがとうございました。日本に住んでいると不安定で平和がない社会ということがあまり想像できないと思いますが、国連加盟192カ国の中にはアルジェリアのような困難に直面している国、テロの脅威にさらされている国があります。
UNFPA(国連人口基金)は、人口と開発に関わる国連機関で、開発および人道支援活動にたずさわっています。また市民社会、政府や研究機関などとの連携も積極的に進めています。その活動は、1994年の国際人口開発会議(カイロ会議)で採択された「行動計画」に基づいていますが、何よりも女性の権利を重視しています。望まれない妊娠をなくし、HIV/エイズ感染を予防し、さらにジェンダーの不平等を是正し、人口学的なデータを駆使しながら開発計画を策定しています。
支援する国の状況を理解することが重要
具体的な活動内容として、まず女性の健康や権利を視野に入れた緊急人道支援活動があります。
© 国連人口基金東京事務所皆さんに見ていただきたいのですが、これはインドネシアのアチェで発生した地震とそれに伴って発生した津波災害のときに、被災者に配った衛生キットです(衛生キットを見せる)。袋の中には、イスラム教の方がお祈り用として地面に敷くマット、男女兼用のTシャツ、スリッパ、男性がズボン代わりに履くもの、そして生理用のナプキンが入っています。被災者に対する援助物資として、水や食料は当然のことと考えますが、女性のナプキンにまではなかなか思いが至らないものです。さらに、女性が頭にかぶる頭巾(ジルバブ)があります。災害時、女性だけが取り残された場合に、たとえすぐ近くに援助物資が来ていても、イスラム教徒の女性はこの頭巾をかぶらないと外出もできないのです。
このように緊急支援を行うときには、その国特有の状況を十分理解するとともに、その国のNGOの人たちなどとうまく連携を取っていくことが必要になります。インド洋津波の時も、UNFPAは「フラワーアチェ」という現地NGOと協力し、全ての物資をインドネシアで調達して、32万キットを被災者に配布しました。
次に「開発」についてお話ししたいと思います。国連が掲げた地球規模の8つの課題を2015年までに解決しようというミレニアム開発目標(MDGs)の進捗状況について、2007年7月に国連事務総長から報告書が出されました。それによると現段階では、「妊産婦の健康の改善」(MDG5)と「幼児の死亡率の削減」(MDG4)の達成が危ぶまれていると指摘されています。
MDGsは、成果測定と数値目標によるアプローチを採っています。その数値目標の一つである妊産婦死亡率の統計を国別に見ると、シエラレオネが一番高く、アフガニスタン、マラウイ、アンゴラ、ニジェール、タンザニア、ルワンダ、マリと続き、アフリカ諸国が高い数字を示していることが分かります。
これを軽減するためには、女性の出産間隔を2?3年空けることによって母体の回復を待ち、未熟児が生まれるのを防ぐとともに、安全なお産のために、助産師の訓練を行う必要があります。
また妊産婦死亡率は、結婚年齢とも関係があります。アフリカや南・東南アジアでは女性が非常に若い年齢で結婚します。いわば「子どもが子どもを産む」状態ですが、そうすると、「フィスチュラ」が発生しやすくなります。フィスチュラとは、日本では「産科ろう孔」と呼ばれる明治時代の中ごろまであった疾病で、難産や、適切な産科ケアを伴わない出産などにより生じます。慢性的失禁などのため、社会的疎外や差別を受けることが多くあります。300米ドルあれば、膣にあいた穴を縫うことによって治療することができますが、300米ドルを負担できない場合、その女性は夫や家族からも遠ざけられ、その結果、社会復帰できなくなります。人の命を救うことももちろん重要ですが、社会的に抹殺されてしまうことも、その人にとっては死と同じ意味があるということを皆さんに是非考えていただきたいと思います。
今UNFPAでは、300米ドルで一人の手術ができるように世界中から寄附を集めて、エチオピアに病院を作り、医師や看護師のトレーニングを行っています。一方で、若年妊娠・出産がなくなれば、フィスチュラ患者の数も減ります。問題の解決には医療の質の問題ばかりでなく、社会的な状況も含めて対応することが必要であることにお気づきいただければと思います。
さらにどういう方法で妊産婦死亡率を下げ、子どもの健康を促進するのか。二つのことが必要です。一つは保健医療のサービスやネットワークです。
© Shadid, Jon自分が病気になった時に医療相談が出来るかどうかが非常に大切です。もう一つは、お母さんやお姑さんや家族に、妊娠・出産というのは病気ではないが、病気になる可能性があるということを理解してもらうことです。医学的な統計によれば、全妊産婦の15%が何らかの合併症の危険にさらされます。妊娠・出産に伴うリスクを知ってもらい、ハイリスクにあるお母さんを早く発見し、医療施設のあるところで妊娠を継続し、出産がしやすい体制に導くことが重要です。
これはパレスチナの保健省がアラビア語で初めて作った母子手帳ですが(手帳を見せる)、導入するだけではお母さんたちの命を救えません。国全体の保健医療システムが確立し、医療従事者がいてこそ、この母子手帳は効果があるのです。パレスチナでは、保健所を中心とした地域医療システムがあり、その上で母子手帳が導入されました。母子手帳は、妊産婦が保健所と連携しながら自分の健康を管理する手段となり、男性の付き添いがなくても一人で保健所まで外出できるというアクセスの拡大手段ともなっています。
NGOとの連携を重視した活動
UNFPAが取り組む人口と開発、リプロダクティブ・ヘルスという分野は、専門的で、政治的・宗教的・文化的な難しさを伴い、個人の問題とも密接に関連するため、政府機関だけでの実施は不可能といえます。そこでUNFPAでは、他の国連機関以上にNGOとの協働を重視しながら活動を展開しています。例えば、ガーナとザンビアでの、若者を対象にHIV/エイズに関する正しい情報を伝え、どのように生きていったらいいかを話し合うライフスキル教育プロジェクト。アジア地域の福祉向上と平和の確立のために、国会議員を巻き込みながら行っている政策提言。多くの方が亡くなっているアフガニスタンでは、どこにどのくらいの医療施設が残っていて、どれだけの医療従事者がいるのか把握するための国勢調査。こうした活動を日本のNGOと協力・連携しながら進めています。
日本では、2008年に大きな国際会議を二つ主催します。ひとつは第4回アフリカ開発会議(TICAD?)、もうひとつは主要国首脳会議(洞爺湖サミット)です。二つの会議とも、気候変動や地球温暖化の問題とともにグローバル・ヘルス(国際保健)が大きな課題として取り上げられることになっています。その意味で、さまざまな場面で国連システムがより結束し有効に機能するため、「一つの国連(One UN)」として、お互いに補完しながら目標を達成する、そのためにどのように行動していくか、それが、今後私たちが考えていくべき課題だと思っています。