ロザリン・ヒギンズICJ所長来日記念講演会
国連大学協力会(jfUNU)は4月11日(水)、外務省、国際連合大学(UNU)との共催で、国際司法裁判所のロザリン・ヒギンズ所長を国連大学に招いて、来日記念講演会を開催しました。
(写真協力:日本経済新聞社)
より良い世界に向かって -国際社会と法の支配-
国際司法裁判所(International Court of Justice 略称ICJ)は、オランダのハーグにある国連の司法機関で、国連総会と安全保障理事会で選任された15人の判事によって構成されます。1945年に国連憲章のもとで設立され、以来、国家間の紛争を裁判によって解決している他、国際組織の要請に応じて、法律問題に勧告的な意見を与えています。
ヒギンズ所長は1995年以降、ICJの判事を務めていますが、昨年2月に女性としてはじめてICJ所長に就任しました。
今回の講演会のメインテーマは、「より良い世界に向かって -国際社会と法の支配-」。ICJが果たす使命と役割について理解を深めるとともに、法の支配と市民生活のあり方を考えることを目的として、ヒギンズ所長による基調講演と有識者によるパネルディスカッションの2部構成で行われました。
開始に先立ち、UNUのハンス・ファン・ヒンケル学長が、「日増しにグローバル化が進む世界の中で、法の支配に関するさまざまな考え方をお話しいただくことを楽しみにしています」と挨拶。続いて小松一郎外務省国際法局長が、「日本政府として、ICJが国際法の発展と国際紛争の平和的解決のために、いっそう積極的な役割を果たすことを期待します」と挨拶しました。
基調講演 ― 国際社会における「法の支配」とは
「国際司法裁判所と法の支配」と題する基調講演で、ヒギンズ氏はまずイギリスの国際法学者ダイシーが提唱した 1)権力ではなく、法律が優先していること。2)法の前ではすべての階級の人々が平等であること。3)裁判所によって提示し、執行されてきた個人の権利の結果が、憲法に反映されていること。という法の支配に関わる3つの原則を紹介。
しかしながら、これらの原則は国内法にあてはまる定義であり、例えば国連安保理の決定に対して、常任理事国が拒否権を持つ現実などを考えたとき、国際政治や国際社会においては、法の支配や法の下の平等というルールを一律に適用することは難しいと指摘しました。
ヒギンズ氏は、そうした状況においては、各国々で国内法による支配のルールがしっかり確立され、さらに国際秩序を順守する考えが高まることが必要であり、同時にICJが、国際法を公平な形で国際紛争に適用していく努力を続けることによって、国際的な法の支配が促進されていくのだと強調しました。
パネルディスカッション ― より良い市民生活のために
引き続いて行われたパネルディスカッションでは、横田洋三国連大学学長特別顧問がモデレーターを務め、ヒギンズ所長、伊奈久喜日本経済新聞論説副委員長、小和田恆ICJ判事、ミッシェル・プランシェール=トマシーニ ルクセンブルグ駐日大使、ディピカ・ウダガマ コロンボ大学(スリランカ)法学部長の5人のパネリストが、「国際社会における法と市民生活」について討議を行いました。
プランシェール=トマシーニ氏は、ラグラン事件などICJが下した2つの判決に対するアメリカの対応を取り上げ、国際法を執行するうえではICJに対する各国の信頼と判決の尊重が大事であると述べました。そして外交官としての立場から、ICJの任務に限らず、国際社会においては、各国が倫理観を備えることが重要であると訴えました。
また伊奈氏は、報道記者としての自らの取材体験を交えながら、国際法の意義について一般の人々の視点で語り、国際法が機能している場面と機能していない側面を具体的に例示。さらに、市民生活における法の支配について、人々が裁判に至る前にものごとを解決しようとする姿勢も、法の規範が生きていることの証左ではないかと述べました。
続いてウダガマ氏は、30年以上にわたって暴力による支配が継続し、「Rule of Law」が国内で確立していないスリランカでは、国際的な規範やICJの存在が大きな意味を持っているとし、ICJの人権を尊重した判決を活用してスリランカの司法の改善を図り、市民生活をより良いものにしていきたいと述べました。
他のパネリストの発言に大いに示唆を与えられたと述べたうえで、小和田氏は、国家間の関係の規範となる条約とは、単に国家と国家の関係を規制するだけでなく、その国の国民をどう扱うかということについて、国家同士が合意することを含むのであり、個人ひとりひとりの権利・義務に対する法の支配が確保されることこそ、「Rule of Law」の実現であると語りました。
こうした議論と討議を受けて、ヒギンズ所長は、「ICJが(単に国家間の紛争を解決するための機関にとどまらず)市民生活の改善にも手を差し伸べているという役割が明らかになった」と述べ、「ICJにおいては判事の国籍や宗教の違いが、法律の適用や議論の障害になることはない」と明言しました。
ディスカッション終了後には、フロアからパネリストに対して、積極的に質問が投げかけられました。
「『パレスチナの壁』など国連決議を無視するような事態において、ICJの勧告的意見はどのような意味を持ちうるのか」という質問に対しては、「国際法の適用を完璧になすことは困難で、内在的な限界をはらんでいるが、ICJの勧告的意見は国際世論を形成するという点で無視できないものである」「各国々における司法の判断が、こうしたICJの勧告や判決を踏襲することによって、それらは大きな意味を持つことになる」等の意見がパネリストから述べられました。
参加者の声
今回の講演会では、国連関係者、大使館職員や国際法学者、一般市民等、300人以上の方々にご参加いただきました。その中で、現在、大学で国際法を学んでいる吉田明人さんと本多裕太朗さんのお2人に感想を寄せていただきました。
与えられた様々な視座
吉田 明人(早稲田大学法学部2年生)
まず、日本にいながらにして、ロザリン・ヒギンズICJ所長をはじめ多くの有識者の方々の貴重なお話を、一般の学生である私が聞くことができたことを大変うれしく思います。
今回、講演会の存在を知りその表題が"Towards a Better World: Rule of Law in International Society"であったことから、本講演会を聴講するにあたり、「多くの有識者の方々から"Rule of Law"に対する考えを聞き、自己の中での"Rule of Law"像の構築へつなげること」を私個人のテーマにしておりました。その結果、"Rule of Law"をめぐる国際社会の現状や、様々な観点からの"Rule of Law"のあり方を、そうした問題に第一線でかかわっておられる方々から聞くことができ、自分の中で大変有意義な興味深い講演会にできたことをうれしく思っています。
私はまだ国際法について学び始めて間もない学生でありますが、国際法を扱う活動をしている中で"Rule of Law"という言葉は頻繁に耳にするものです。それだけ、今日の国際社会でその重要性がさけばれているということだと思います。しかし、その概念からして簡単に明確化できるものではなく、また国際社会においてそれを確立することはやはり容易ではない。そのことを、ヒギンズ氏は具体的な話も交えながら、基調講演にておっしゃられました。それでも尚「すべての国際的紛争に満遍なく国際法を適用し、解決を図っていく」ことが重要な一歩であるとのヒギンズ氏の言葉に重みと"Rule of Law"によせる確信を感じました。
また、ICJのその役割を果たす中での倫理観の重要性を強調されたトマシーニ大使、実際の紛争地域の市民社会に対するICJ判断の影響力を語ってくださったウダガマ教授、原理的な意味での"法"について問いかけられた小和田判事などから、パネルディスカッションにおいても様々新鮮な視座を与えていただき、非常に有意義な機会をいただけたことに深く感謝しております。
国際法に興味を持ちそれを学んでいく学生として、現代国際社会における"Rule of Law"の展開にこれからよりいっそう注目し、そして常にそのあり方をみずから考えながら、これからの国際法の勉学に励んでいこうとかたく決意させられた次第です。
繰り返しになりますが、このような機会をご用意くださった多くの方々に深く感謝しております。ありがとうございました。
国際会議の雰囲気を体感
本多 裕太朗(駿河台大学法学部4年生)
このたび私は、ロザリン・ヒギンズ国際司法裁判所所長の来日記念講演会に参加させて頂くという貴重な機会に恵まれました。このような講演会に出席するのは初めての経験だったのですが、国際会議の雰囲気を肌で感じることができ、国際法を学ぶ私たちにとっては大変貴重な体験となりました。
今回の講演では、「より良い世界に向かって?国際社会と法の支配?」というテーマに沿って、現在の国際司法裁判所の位置づけや役割、現在までに取り扱った事件の概要、これからの国際司法裁判所の展望や、市民社会との関わりについて具体的な事例を用いながら私たち初学者にもわかりやすく講演をして頂きました。
本来国際司法裁判所は、国家間の法律上の紛争を裁判によって解決する機関であり、一見、私たちの日常生活とはかけ離れた存在のように思われました。しかし、ヒギンズ判事の講演を聴講し、現代のようなグローバル化が進展する国際社会においては、たとえどのような国であっても市民生活の場面では、国境を超えた「法の役割」を考えることが重要となっていることに気づきました。
国際問題を考えるうえで、国内社会では確立されている"rule of law"を、国際社会についても同じように考え創り上げることは容易なことではありません。
ただ、これからの国際問題を考える上で、現在の国際社会における根本的な問題について学ぶことができたことは、大変貴重な時間であったと思います。今回の講演会で学んだことを生かしさらに発展させていきたいと思います。
このたびはこのような貴重な講演会に参加させて頂きありがとうございました。
国際司法裁判所と日本人判事
国際司法裁判所(ICJ)は、国家間の紛争に対して法律的な判断を下す国連の主要機関で、訴えを提起できるのは国家だけですが、国連のその他の機関も、ICJに勧告的意見を求めることができます。
ICJの裁判官は、国籍の異なる15人で構成され、任期は9年。国連総会と安全保障理事会によって選任されますが、同一国から2名の裁判官を選ぶことはできず、また判決を下すためには、9名の裁判官の賛成が必要です。
日本人の歴代判事としては、前身である常設国際司法裁判所を含めると、織田萬氏(在任期間:1921年~1930年)、日本人として唯一所長を務めた安達峰一郎氏(在任期間:1930年~1934年、在任中に物故)、田中耕太郎氏(在任期間:1961年~1970年)、小田滋氏(在任期間:1976年~2003年)、現判事の小和田恆氏(在任期間:2003年~)がいます。
今回の講演会は、外務省、国際連合大学および財団法人国連大学協力会が主催し、日本経済新聞社にご共催いただきました。また、最高裁判所、法務省、日本弁護士連合会にご後援いただき、さらに日本司法書士会連合会、社団法人商事法務研究会、財団法人国際民商事法センター、財団法人安達峰一郎記念財団にご協賛いただきました。
開催にご協力いただいた皆様に、あらためて感謝申し上げます。